分析は、数字ではなく
問いから始める。
電子地域通貨を導入すると、取引日時、金額、店舗、ポイント付与などのデータが蓄積されます。しかし、データがあることと、活用できていることは同じではありません。
利用額が増えた理由は一つではありません。利用者が増えたのかもしれません。一人当たりの回数や単価が増えた可能性もあります。一部の高額利用者、行政給付、キャンペーンによって一時的に増えただけかもしれません。
分析方法を先に選ぶのではなく、何を知る必要があるのかを決めます。例えば「日常利用として定着したか」「利用可能な場所が不足していないか」「施策後も継続しているか」「健康や交通との連携が外出を支えたか」という問いです。
何を知りたいか
地域通貨の目的と、現場で判断したいことを一文にします。
何を根拠にするか
取引データ、公的統計、現場の声を役割ごとに使い分けます。
何が分からないか
分析結果の限界、欠損、偏り、他の要因を明記します。
何を改善するか
広報、加盟店配置、ポイント設計、交通・健康施策へ戻します。
分析の前に、
データの意味をそろえる。
同じ「利用者数」でも、登録カード数、登録者数、期間内に利用したID数では意味が異なります。分析の正確さは、高度な手法よりもデータ定義に左右されます。
一般に記録されるデータ
分析前に確認するもの
除外・区分
テスト取引、重複、取消し、返金、有償・無償、通常・キャンペーンを分けます。
IDの関係
一人が複数カードを持つ場合や、カードからアプリへの移行を確認します。
マスタの履歴
店舗名・業種・地区・閉店日など、取引当時の状態を残します。
不明と未回答
欠損を勝手に推測せず、「不明」「未回答」「対象外」を区別します。
まず、基本的な数字を
分解して見る。
最初からAIや複雑な数式は必要ありません。利用総額を人数、回数、単価へ分けるだけでも、変化の理由が見えます。
最初に確認する基本指標
基本指標の試算
入力した四つの数字から、基本的な平均を計算します。値はブラウザの外へ送信されません。
※初期表示の数値は計算例として設定した架空のサンプルです。特定の自治体、地域通貨または事業の実績を示すものではありません。
平均値だけでは見えない
少数の高額利用者がいると、平均値は大きく上がります。そこで中央値、四分位数、最大・最小、標準偏差、ヒストグラム、箱ひげ図を確認します。「平均的な利用者」が実際に多数存在するとは限りません。
平均・中央値・最頻値
分布が偏る場合は、平均だけで中心を表せません。
ばらつき
四分位範囲や標準偏差で、利用の幅を確認します。
分布
一回利用者、少額継続、高額利用などの構成を見ます。
上位の占有率
上位10%の利用者や上位店舗が占める割合を確認します。
条件ごとに分けて比較する
月、日、曜日、時間帯、店舗、業種、地区、年代、カード・アプリ、有償・無償、通常・施策、新規・既存などに分けます。人口規模が異なる地区や年代を比較する場合は、人数だけでなく「人口100人当たり」など分母をそろえます。
時間の変化とグラフ
月別・日別の推移だけでなく、前年同月、移動平均、季節、年金支給日、給料日、観光、イベントなどを確認します。棒グラフは大小比較、折れ線は時間変化、ヒストグラムは分布、箱ひげ図はばらつき、散布図は二つの数値の関係、地図は地域差に向きます。
深い分析は、
問いに必要な分だけ使う。
手法が高度であるほど分析が優れているわけではありません。最も単純で説明可能な方法から始め、必要な場合だけ深めます。
| 分析 | 確認する問い | 主な指標・方法 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 継続・コホート | 利用開始後も使われているか | 翌月・3か月・6か月継続率、初回月別コホート | 給付利用と自発的チャージを分ける |
| 集中と広がり | 一部の人・店舗だけで動いていないか | 上位占有率、ローレンツ曲線、ジニ係数、HHI | 生活必需店への自然な集中もある |
| 行動分類 | 利用の仕方にどんな違いがあるか | RFM、店舗数、業種数、チャージ比率、クラスター | 金額だけで利用者の価値を決めない |
| 相関・回帰 | 複数要因はどのように関係するか | 散布図、相関係数、単回帰・重回帰 | 相関は因果を証明しない |
| 施策効果 | 変化は施策によるものか | 前年同時期、比較群、差の差法、中断時系列 | 施策前に比較設計を決める |
| 予測・異常検知 | 将来や通常と異なる変化を捉えられるか | 時系列予測、失効予定、外れ値、ルール・モデル | 異常を不正と即断しない |
利用の継続を見る
同じ時期に利用を始めた人をまとめ、その後の利用を追う方法がコホート分析です。4月開始、5月開始、6月開始の利用者を分け、翌月以降の再利用を確認します。定着しやすい時期や施策、離脱が増える時点を見つけます。
詳しく知るために|コホート・継続・離脱
利用の集中と、限定された取引圏
地域通貨は利用範囲が限定されるため、対象範囲内の取引構造を比較的把握しやすい特徴があります。ただし、完全に閉じた経済ではありません。加盟店は換金後に地域外から仕入れ、利用者は現金やクレジットカードも使います。
利用者の行動を分類する
RFMでは、最後の利用からの期間(Recency)、利用回数(Frequency)、利用金額(Monetary)を使います。地域通貨では、高額利用者を販売対象として選別するためではなく、日常継続型、特定店舗型、回遊型、キャンペーン型、給付利用型などの違いを理解するために応用します。
詳しく知るために|RFM・クラスター分析
関係を見る。原因とは区別する
利用額と年齢、取引件数と気温、店舗までの距離と利用頻度などは、散布図、相関、回帰で関係を整理できます。しかし、関係が見つかっても一方が他方の原因とは限りません。曜日、季節、休業、イベントなど第三の要因を確認します。
詳しく知るために|相関・回帰・多変量
施策前後を比較する
施策後に利用が増えたことと、施策によって増えたことは同じではありません。季節、天候、観光、物価、新規加盟店、他の給付なども動きます。対象者と非対象者、対象店と対象外店、導入地区と比較地区、前年同時期などを設計します。
地域通貨の外側にある
データを重ねる。
地域通貨データは、地域通貨で行われた取引しか記録しません。地域全体の人口、移動、商業、天候、暮らしを理解するには、公的データとのクロス分析が必要です。
| 外部データ | 主な公的基盤 | 地域通貨と組み合わせる例 |
|---|---|---|
| 人口・世帯・就業・産業 | e-Stat | 人口100人当たり利用者、高齢化率と媒体、昼間人口と時間帯利用 |
| 小地域・メッシュ・地図 | jSTAT MAP | 人口が多いのに加盟店が少ない地区、店舗空白、商圏 |
| 施設・交通・土地利用 | 国土数値情報 | バス停・公共施設から店舗までの距離、アクセス可能性 |
| 気温・降雪・降水・風 | 気象庁 | 悪天候と取引減少、年代・業種別の天候感応度 |
| 人口・産業・観光・消費 | RESAS | 地域の産業構造と加盟店構成、観光と利用先 |
| 地域課題・施策・比較 | RAIDA | 地域通貨の目的と課題指標、類似団体との比較 |
| 省庁横断オープンデータ | e-Govデータポータル | 交通、福祉、医療、教育、環境、防災データの探索 |
人口・世帯・産業を重ねる
地区別や年代別の利用者数を比較するときは、人口を分母にします。高齢者の利用者数が多くても、高齢者人口に対する割合では低い場合があります。単身世帯、就業、昼間人口、事業所数などを重ねることで、利用の背景を読みます。
詳しく知るために|e-StatとAPI
座標から「利用できる環境」を見る
店舗の緯度・経度と人口、施設、交通を重ねます。目的は、利用していない人を探すことではありません。店舗が近くにない、公共交通で行けない、生活動線上に利用先がないなど、利用しにくい環境を発見することです。
詳しく知るために|jSTAT MAP・GIS・空間統計
施設・交通・土地利用を重ねる
国土数値情報には、地形、土地利用、公共施設、交通、災害リスク、都市計画、地価などがあります。バス停や公共施設から店舗までの距離、住宅地と商業地の違い、交通空白と利用状況などを検討できます。
詳しく知るために|国土数値情報
北海道では、天候を外せない
気温、降雪、積雪深、降水量、風速、日照などと日別取引を重ねます。利用減少が制度への関心低下なのか、外出困難によるものかを分けて考えます。年代別・地区別・業種別で天候の影響が異なる可能性もあります。
地域の構造と施策目的を重ねる
RESASは人口、産業、企業、観光、消費などの地域構造を見る入口です。RAIDAは地域課題を指標で捉え、施策目標との関係を考えるために使います。e-Govデータポータルは、省庁をまたいで交通、福祉、医療、教育、防災などのデータを探す入口です。
分析は、導入後ではなく
データ設計から始まる。
後から分析しようとしても、ポイント付与理由、施策ID、店舗座標、制度変更日が残っていなければ、数字が変わった理由を説明できません。
取引データ
取引ID、日時、金額、取消・返金、店舗ID、匿名ID、媒体、資金区分、期限。
店舗データ
業種、住所、緯度経度、営業開始・閉店日、営業時間、地区、更新日。
施策データ
施策名、期間、対象、付与条件、予算、広報日、制度変更、比較対象。
管理データ
項目定義、コード表、マスタ履歴、取得元、更新頻度、欠損・不明の扱い。
氏名を削除しただけで、個人と無関係なデータになるとは限りません。取引日時、店舗、年代、地区などを組み合わせると、個人を推測できる場合があります。仮名加工情報、匿名加工情報、統計情報は、それぞれ要件と取扱いが異なります。
- 利用目的と対象を明確にする
- 必要最小限の項目にする
- アクセス権限と保存期間を決める
- 外部提供やデータ連携の根拠を確認する
- 少人数区分は統合・非表示にする
- 分析後の保存・削除を記録する
分析を、改善まで
一つの流れにする。
分析準備、12項目。
チェック状態はこの端末のブラウザ内に保存されます。未確認項目を、担当者と期限を持つ実務課題へ置き換えてください。
補論。幸福と生きがいへ、
慎重に補助線を引く。
取引データは、幸福そのものではない。
利用額が多い人が幸福であるとは限りません。取引回数が多い人が地域とのつながりを強く感じているとも限りません。取引データは、地域で行われた行動の一部を記録したものです。
この流れは仮説です。地域通貨が生きがいを生むと断定せず、外出、参加、交流、役割がウェルビーイングとどう関係するかを検討します。
取引データ以外に必要なもの
行動
外出頻度、公共交通、歩行、健康活動、イベント、ボランティア参加。
関係
会話の機会、孤立感、頼れる人、地域への愛着、互助。
主体性・役割
自己効力感、必要とされる感覚、自分の行動が役立つ感覚。
主観
生活満足度、主観的幸福感、生きがい。アンケートとインタビューを併用する。
入門は公的資料から。
深掘りは学術研究へ。
参考リンクは、総務省統計局など国の機関、公的データ基盤、独立行政法人、大学・研究機関、J-STAGE・CiNii Researchを優先します。個人運営の解説サイトは原則として掲載しません。
データサイエンス・オンライン講座
統計とデータ分析の基本を社会人向けに学ぶ。
公式資料を開く ↗なるほど統計学園
平均、分布、グラフ、相関などを段階的に確認する。
公式資料を開く ↗e-Stat
各府省の統計、小地域、メッシュ、APIの基本入口。
データを探す ↗jSTAT MAP
統計データを地図上に表示し、地域分析を行う。
地図分析を開く ↗国土数値情報
施設、交通、土地利用、災害リスク等のGISデータ。
データを探す ↗過去の気象データ
気温、降水、降雪、積雪、風等をCSVで取得する。
データを取得する ↗RESAS
人口、産業、観光、消費などの地域構造を可視化する。
RESASを開く ↗RAIDA
地域課題、類似団体、施策目標の関係を考える。
RAIDAを開く ↗e-Govデータポータル
行政機関のオープンデータを横断的に検索する。
ポータルを開く ↗地域幸福度指標
主観指標と客観指標から地域の特徴を考える。
指標を確認する ↗仮名加工・匿名加工ガイドライン
利用・連携・公表に必要な法的整理を確認する。
ガイドラインを開く ↗J-STAGE
国内学協会の電子ジャーナルから研究を探す。
論文を探す ↗CiNii Research
論文、研究データ、研究プロジェクト等を横断検索する。
研究を探す ↗データから、
地域の暮らしへ戻る。
電子地域通貨の分析は、利用額を増やすためだけに行うものではありません。誰が参加できているか。誰が利用しにくいか。どの地区に店舗や移動手段が不足しているか。どの施策が一時的な利用に終わり、どの施策が継続的な参加につながったかを考えます。
取引データに、人口、場所、施設、交通、天候、産業、健康、参加、住民の声を重ねることで、地域の姿が少しずつ見えます。一方で、地域通貨を利用していない人、データに記録されない人、数字で表しにくい感情や関係もあります。
何を測ることができるかではなく、何を知る必要があるのか。電子地域通貨のデータは、地域で暮らす人の生活を考えるための補助線である。
分析の前に、問いとデータを整える。
データ項目、集計定義、分析設計、外部データ連携について、個別事業の論点整理が必要な場合はお問い合わせください。