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電子地域通貨事業の政策評価におけるトランザクションデータの役割と取得要件

海外実証研究の検討を通じた自治体調達への示唆

ゲゼルの貨幣理論と海外実証研究を検討し、電子地域通貨の流通速度・ポイント利用・消費効果・地域内支出を評価するためのトランザクションデータ取得要件と自治体調達への示唆を整理します。

はじめに―電子地域通貨の導入効果はどのように確かめるのか

全国の自治体で、電子地域通貨や地域ポイントを活用した事業が展開されています。その用途は地域商業の振興にとどまらず、生活支援、健康増進、子育て支援、地域交通、観光振興など多岐にわたります。電子地域通貨は、キャッシュレス決済の手段であると同時に、複数の行政施策を住民の日常生活につなぐデジタル基盤として位置付けられるようになりました。

こうした事業の導入目的として、しばしば挙げられるのが「地域内でお金を循環させる」という考え方です。地域で発行された通貨が地元の商店で使用され、その売上が地域の事業者を支える。この説明自体は理解しやすく、地域通貨に期待される役割の一つを表しています。

しかし、ここで確認しておきたいことがあります。

地域でお金が使われることと、地域経済の中でお金が循環することは、同じなのでしょうか。

例えば、住民が地元の商店で1,000円分の電子地域通貨を使用したとします。この取引によって確認できるのは、少なくとも1,000円分の決済が行われたという事実です。それが現金やクレジットカードによる既存の買い物を置き換えたものなのか、新たな消費を生み出したものなのかは、決済記録だけでは判断できません。

また、店舗が受け取った売上を地域外の卸売業者への支払いに充てた場合、その資金の一部は地域外へ移動します。これに対して、地域内の事業者から商品を仕入れれば、地域内で再び経済活動が発生します。

両者の違いは、決済手段そのものよりも、その後の取引関係にあります。つまり地域内循環を考える際には、地域通貨が使用された事実と、その使用によって生じた経済的な変化を区別する必要があります。

CIVIOでは、先行記事『匿名化・指数化データで考える自治体EBPMの可能性』において、電子地域通貨の利用実績を匿名化・指数化し、政策改善へ活用する視点を紹介しました。

本稿では、その議論を経済理論と海外の実証研究へ広げます。まず、地域通貨の制度設計に関係する貨幣理論を確認します。次に、海外の地域通貨研究を比較し、そこから得られる知見と限界を整理します。そのうえで、日本の自治体が電子地域通貨を導入する際に、どのようなデータを取得できるサービスを選定すべきかを考察します。

ここで重要になるのが、デジタル庁の「デジタル地方創生モデル仕様書」です。

電子地域通貨の調達では、決済機能や導入費用を比較することが一般的です。しかし政策としての効果を検証するためには、導入後に何を測定できるのかという視点も欠かせません。

換言すれば、電子地域通貨を「利用できるサービス」として選ぶだけではなく、「政策効果を検証できるサービス」として選ぶ必要があるということです。

本稿では、この問題意識をもとに、経済理論、実証研究、調達、データ分析、制度改善の関係を整理していきます。

第1章 ゲゼルの「減価する貨幣」は何を問いかけたのか

地域通貨の制度設計を考えるにあたり、まず確認したいのが経済思想家シルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell, 1862–1930)の貨幣論です。

ゲゼルは『自然的経済秩序』において、貨幣が交換手段であると同時に、価値を保有する手段でもあることに注目しました。

一般に商品を保有する場合には、保管費用や品質の劣化が生じます。農産物は時間とともに鮮度を失い、事業者は売れ残った在庫を維持するための費用を負担します。これに対して貨幣は、比較的容易に保有でき、将来の支払いへ使用することができます。

つまり、商品を保有する側には時間的な制約がある一方で、貨幣を保有する側には支出を先送りする選択肢があります。ゲゼルは、この非対称性が交換を停滞させる要因になり得ると考えました。

この問題意識から構想されたのが「減価する貨幣」です。

減価する貨幣とは、保有し続けることに費用が発生する貨幣を意味します。貨幣を長く保有するほど費用が生じるため、利用者には早期に支出する誘因が働くと考えられます。

GESELL THEORY · 保有条件と利用行動

ゲゼル理論の概念図 ― 貨幣の保有条件はなぜ利用行動に影響するのか

商品を保有する側時間的な制約がある
  • 保管コストがかかる
  • 品質の劣化や売れ残りがある
  • 早く売りたい動機が生じる
非対称性商品と貨幣では、保有の条件が違う

商品には時間とともに負担が生じやすい一方で、貨幣は比較的保有しやすく、支出を先送りする余地があります。ゲゼルは、この違いが交換の停滞につながる可能性を問題にしました。

貨幣を保有する側支出を待つことができる
  • 比較的容易に保有できる
  • 将来の支払いに使える
  • 交換が停滞することがある
ゲゼルの着想
  • 貨幣にも保有コストを与える
  • 早期に使う誘因を強める
  • 流通を促す可能性を考える
ポイント:重要なのは、減価する仕組みそのものを礼賛することではなく、貨幣の保有条件が利用行動にどう影響するかを考えることです。

もっとも、貨幣を減価させれば必ず経済活動が活発になるというわけではありません。

例えば、利用できる店舗が限られていれば、利用者は必要な商品を購入できない可能性があります。また、生活に余裕のない人にとっては、減価によって本来予定していなかった支出を迫られることも考えられます。

したがって、減価の仕組みを評価するには、貨幣の保有条件だけではなく、利用環境や利用者の生活条件も考慮しなければなりません。

では、この考え方を日本の電子地域通貨事業に当てはめると、どのような問題が見えてくるのでしょうか。

自治体が発行する地域ポイントには、有効期限が設定されているものがあります。期間限定ポイントは、失効前の利用を促すという点で、ゲゼルの貨幣論と比較することができます。

ただし、両者は同一の制度ではありません。

ゲゼルの減価する貨幣は、保有期間に応じて継続的な費用が発生する仕組みです。これに対して期限付きポイントは、定められた期日まで利用でき、その後に残存価値が失われる仕組みです。

両者には制度上の違いがあるものの、貨幣やポイントの保有条件が利用行動に影響するという点では、共通する研究課題を見いだすことができます。

例えば、同じ金額のポイントを付与する場合でも、有効期限が30日と90日では利用時期に違いが生まれるのでしょうか。また、期限が近づくほど利用が集中するのか、それとも利用できる店舗や生活上の必要性のほうが行動を左右するのでしょうか。

これらの問題を考えるには、ポイントの付与額や使用総額だけでは十分ではありません。付与日、使用日、有効期限、使用店舗などの取引記録が必要になります。

以上から、ゲゼルの貨幣論を現代の電子地域通貨へ応用する場合に重要なのは、減価の仕組みをそのまま導入することではないと考えられます。

むしろ、保有条件の違いが利用行動にどのような変化をもたらすのかを、実際のデータによって確かめることに意義があるのではないでしょうか。

第2章 海外研究が示す地域通貨の実態

前章では、貨幣の保有条件が利用行動に与える影響について確認しました。しかし、地域通貨の利用を左右する要因は、保有条件だけではありません。

この点を考えるために、海外の地域通貨に関する三つの研究を取り上げます。それぞれ研究対象や分析方法は異なりますが、制度設計、地域の経済構造、取引ネットワークという観点から比較することができます。

1.ドイツ・キームガウアー「流通速度を決めるもの」

ドイツのキームガウアー(Chiemgauer)は、ゲゼルの思想を参考にした地域通貨として知られています。

RESEARCH 01 · 取引ベース流通速度のイメージ
期間中の決済額÷平均流通残高=流通速度
研究上の着眼点:制度と取引構造が流通速度に関係する可能性。流通速度が高い=追加消費が増えた、ではありません。
概念図。研究で報告された実測値を再現したものではありません。

De La RosaとStodder(2015)の研究『On Velocity in Several Complementary Currencies』では、キームガウアーを含む複数の補完通貨について流通速度が比較されています。

まず、ここでいう流通速度を確認します。

流通速度とは、一定期間の取引額が、その期間の平均的な流通残高に対してどの程度の規模であるかを表す指標です。

例えば、平均流通残高が200万円で、一定期間に600万円の対象決済が発生していれば、取引ベースで単純に算定した流通速度は3回となります。

この研究では、スイスのWIRやベルギーのRESなど、制度の異なる補完通貨の流通速度に差が見られました。著者らは、減価の仕組みに加え、融資制度や参加者間の取引構造なども流通速度に関係する可能性を検討しています。

ここで注目したいのは、地域通貨の流通を決める要因が、必ずしも減価という一つの制度に限定されないという点です。

一方で、流通速度が高いことを、そのまま地域経済の活性化と評価することには注意が必要です。

例えば、一定の通貨残高に対する決済額が増加しても、それが新たな消費を生み出したのか、既存の消費を前倒ししただけなのかは分かりません。また、地域通貨が加盟店で使用された後に日本円で精算される場合、その決済額は地域内での再支出を直接示すものでもありません。

以上を踏まえると、流通速度は地域通貨の利用状況を捉える指標の一つですが、地域経済への効果を単独で説明するものではないと考えられます。

日本の自治体がこの考え方を活用する場合も、決済額だけではなく、平均残高や制度の仕組みを併せて確認する必要があります。

2.英国ブリストル・ポンド「地域通貨だけでは変えられない経済構造」

次に、英国のブリストル・ポンドを取り上げます。

RESEARCH 02 · 地域内決済と地域内調達の違い
住民
地域通貨で購入
→
地域の小売店
売上を受け取る
→
地域内に仕入れ
地域外に仕入れ
決済が地域内で完結しても、仕入れ先まで地域内とは限りません。 調達構造は別途確認が必要です。
理解を助ける概念図。研究の定量結果ではありません。

ブリストル・ポンドは、地域の独立系事業者を支援し、地域内の経済活動を促進することを目的とした地域通貨です。

MarshallとO'Neill(2018)は、27件の半構造化インタビューを通じて、ブリストル・ポンドが地域経済のローカル化に与えた影響を検討しました。

この研究では、地域通貨の導入によって地域内調達が十分に促進されているとはいえないことが示されています。

ここでいう地域内調達とは、事業者が必要な商品やサービスを地域内の事業者から購入することを意味します。

例えば、地域内で営業する小売店が商品を仕入れる際、必要な供給事業者が地域内に存在しなければ、地域外から調達することになります。また、地域内に供給事業者が存在していても、価格、品質、納期、物流、取引契約などの条件によって、地域外の事業者を選択する場合があります。

こうした事情は、決済手段を地域通貨へ変更するだけでは解消できません。

仮に住民が地域通貨を使って地元の小売店で商品を購入したとしても、その店舗の仕入れが地域外に依存していれば、売上の一部は地域外へ移動します。

これに対して、地域内に供給事業者が存在し、地域内調達が行われれば、地域内で新たな取引が発生する可能性があります。

両者を比較すると、地域通貨が使用されたという事実と、地域内の取引構造が変化したという事実は区別する必要があることが分かります。

この研究から日本の自治体が学べるのは、地域通貨の利用促進だけでは地域内循環を十分に説明できないという点です。

地域内循環を政策目的とするならば、決済額の集計に加え、地域内にどのような供給事業者が存在し、加盟店がどこから商品やサービスを調達しているのかを調べる必要があります。

つまり、地域内循環は決済システムだけの問題ではなく、地域の産業構造や事業者間の取引関係とも関係しているのです。

3.ケニア・Sarafu「デジタル取引のネットワークを分析する」

最後に、ケニアのデジタル地域通貨Sarafuを確認します。

RESEARCH 03 · 取引ネットワークの考え方
取引集団 A取引集団 B
取引の「合計額」だけでなく、「誰から誰へ」という接続関係を分析します。日本の決済方式では同じ記録が取れるとは限りません。
模式図。実際のSarafu取引ネットワークを表したものではありません。

Mattsson、Criscione、Takes(2023)の研究『Circulation of a digital community currency』では、約4万人の利用者間に形成された資金移動ネットワークが分析されました。

研究では、取引が地理的に局所化し、複数の集団に分かれた循環構造を形成していることが明らかになっています。

この研究の特徴は、単純な決済総額ではなく、誰から誰へ、どのように価値が移動しているのかを分析している点にあります。

一般にデジタル取引では、日時、金額、移転元、移転先といった情報を記録できる場合があります。こうした情報を利用すれば、取引を個別に集計するだけでなく、複数の利用者間に形成されるネットワークを分析することも可能になります。

しかし、日本の電子地域通貨で同様の分析ができるとは限りません。

例えば、加盟店決済を中心とするサービスでは、住民から店舗への支払いは記録されても、その店舗が売上を地域内で再使用したかどうかまでは記録されない場合があります。

さらに、加盟店への売上が日本円で精算される仕組みでは、地域通貨による決済と、その後の日本円による支出は別の取引になります。

したがって、Sarafuの研究と日本の電子地域通貨事業を比較する際には、取引の仕組みや記録できる情報の違いを考慮する必要があります。

この研究から重要な示唆として導かれるのは、デジタル地域通貨であれば必ず取引ネットワークを分析できるということではありません。

システムがどのような取引を記録できるかによって、検証可能な政策課題も変わるということです。

4.三つの研究から確認できること

以上の研究を整理すると、それぞれ異なる側面から地域通貨の特徴を捉えていることが分かります。

キームガウアーなどの補完通貨に関する研究は、流通速度と制度設計の関係を考えるうえで参考になります。ブリストル・ポンドの研究は、地域内循環を考える際に事業者の調達構造を確認する必要性を示しています。そしてSarafuの研究は、取引記録を用いて価値の移動をネットワークとして分析できる可能性を示しています。

これらの研究に共通するのは、地域通貨の経済的な役割を決済額だけでは説明できないという点です。

もっとも、研究対象となった制度、地域の経済構造、利用者間の取引関係はそれぞれ異なります。そのため、海外研究の結果をそのまま日本の自治体へ当てはめることはできません。

では、こうした研究を日本の電子地域通貨事業へ応用する場合、何を検証対象とすべきなのでしょうか。

第3章 海外研究を日本の電子地域通貨事業にどう活かすか

前章までの整理を踏まえると、日本の自治体が電子地域通貨の政策効果を検証する際には、少なくとも三つの課題を区別する必要があると考えられます。

第一は、地域通貨が日常的に利用されているかという問題です。

第二は、有効期限などの制度設計によって利用行動がどのように変化するかという問題です。

第三は、地域通貨の導入が地域内の経済活動に追加的な効果を生み出しているかという問題です。

これらは一見すると同じ地域通貨の利用状況に関する課題ですが、検証する内容は異なります。

例えば、日常利用の定着を確認する場合には、利用者数、決済件数、決済金額、継続利用率などが参考になります。

これに対して、ゲゼルの貨幣論を踏まえてポイントの有効期限が利用行動に与える影響を調べる場合には、ポイント付与日、使用日、有効期限、失効額などの情報が必要です。

さらに、地域内再循環を検証する場合には、加盟店が受け取った価値をその後どこへ支出したのかを確認する必要があります。

地域通貨によって追加的な消費が生じたかを検証するのであれば、地域通貨以外の決済も含めた購買行動を把握しなければなりません。

このように、同じ電子地域通貨事業であっても、政策目的によって必要なデータと分析方法は変わります。

ここで問題となるのが、自治体が導入したシステムで、必要な情報を取得できるかという点です。

例えば、決済総額だけを確認できるシステムでは、利用規模の推移を把握することはできます。しかし、利用者ごとの継続利用やポイントの使用時期を分析するには、さらに詳細な取引記録が必要になります。

以上から、電子地域通貨の政策効果を検証するためには、制度設計とデータ取得を分けて考えることは適切ではないといえるでしょう。

政策目的を設定し、その目的を検証するために必要なデータを明確にする。そして、そのデータを取得できるサービスを選定する。

この順序が、自治体による電子地域通貨の調達において重要になると考えられます。

第4章 デジタル庁のモデル仕様書を電子地域通貨の調達に活かす

自治体が電子地域通貨サービスを調達する際に参考となるのが、デジタル庁の「デジタル地方創生サービスカタログ」と「デジタル地方創生モデル仕様書」です。

デジタル庁は、自治体によるデジタルサービスの調達を支援するため、主要分野のサービスに求められる標準的な機能や要件を整理したモデル仕様書を公開しています。その対象には「地域通貨・ポイント」も含まれています。

まず、モデル仕様書の役割を確認しておきます。

モデル仕様書は、自治体が調達するサービスに必要な基本的な機能や要件を整理する際の共通基盤として活用できるものです。自治体ごとに調達要件を一から検討する負担を軽減し、サービスの比較を行いやすくすることが期待されます。

一方で、自治体の政策目的は必ずしも共通しているわけではありません。

例えば、地域通貨を行政給付に活用したい自治体と、地域経済への影響を継続的に分析したい自治体では、重視する機能やデータが異なる場合があります。

このため、モデル仕様書を参考にすることと、自治体独自の政策目的に応じた要件を設定することは、区別して考える必要があります。

ここで本稿が注目したいのが、取引データの取得に関する要件です。

電子地域通貨サービスでは、管理画面から月次利用額や加盟店別の決済状況を確認できる場合があります。しかし、こうした集計結果を確認できることと、自治体が個々の取引データを取得できることは同じではありません。

管理画面に用意された集計項目だけを確認できる場合、新しい政策課題に応じて分析内容を変更することが難しい可能性があります。

これに対して、取引単位の明細を適切な形式で取得できれば、自治体が独自に集計条件を設定できます。例えば、曜日別、時間帯別、施策別の利用状況を調べることも考えられます。

また、システム事業者の変更や長期的な政策研究を考慮すると、過年度のデータを継続して利用できることも重要です。

もっとも、モデル仕様書に適合するサービスであっても、自治体が希望するすべての分析項目を取得できるとは限りません。

したがって、モデル仕様書への適合と、個別自治体が必要とするEBPM分析への対応については、別々に確認することが望まれます。

以上を踏まえると、電子地域通貨の調達においては、既存の機能を比較するだけでは十分とはいえません。

そのサービスを導入することで、将来どのような政策課題を検証できるのか。

この視点を調達段階から持つことが、電子地域通貨を継続的な政策改善へ活用するための前提になると考えられます。

第5章 トランザクションデータを取得できるサービスを選ぶ

DATA REQUIREMENTS / 取得項目早見表

トランザクションデータで確認したい項目

取引明細を中心に、政策評価に必要な関連データを整理します。項目名は調達時の確認例です。取得の可否・形式・項目定義はサービスごとに確認が必要です。

読み方:「取引明細」だけで把握できる項目と、別台帳との連携が必要な項目を分けています。すべての項目を一つのCSVに収めることを意味するものではありません。

前章では、電子地域通貨の調達においてデータ取得の要件を確認する必要性を述べました。

では、具体的にはどのようなデータを取得できることが望ましいのでしょうか。

ここでいうトランザクションデータとは、システム上で発生した個々の取引を記録したデータを意味します。

電子地域通貨では、決済、チャージ、ポイント付与、ポイント利用、失効、取消、精算などが対象になります。

こうした情報をどのような単位で記録し、取得できるかによって、分析の範囲は大きく変わります。

1.取引単位の明細

まず必要になるのが、個々の取引を確認できる明細データです。

取引ID、取引日時、金額、取引種別、加盟店ID、取消情報などを取得できれば、決済総額や件数に加えて、時間帯別、曜日別、店舗カテゴリ別などの利用傾向を分析できます。

ここで注意したいのは、取引種別を正確に区別できるかという点です。

例えば、決済と取消を同じ利用実績として集計してしまうと、実際の決済額と集計結果が一致しない可能性があります。

そのため、取引明細を取得できるだけでなく、各項目の意味や集計上の取り扱いが明確になっていることも重要です。

2.利用者を継続的に識別できる仕組み

次に、利用者の継続利用を分析できる仕組みです。

例えば、ある月に利用した人が翌月も利用しているかを調べる場合、同じ利用者の取引を継続して識別する必要があります。

ただし、分析担当者が氏名や住所などの個人情報を直接利用する必要はありません。

適切に仮名化された利用者IDを用いることで、必要な範囲において初回利用、継続利用、最終利用時期などを分析することが考えられます。

もっとも、仮名化されたデータであっても、他の情報と照合することで特定の個人が識別される可能性があります。

したがって、利用目的、アクセス権限、保管期間、安全管理措置などを明確にしなければなりません。

3.チャージと残高の記録

貨幣の流通速度を算定する場合には、対象期間の決済額に加え、平均残高の情報が必要になります。

このため、チャージ額、利用額、払戻し、精算、日次残高などの関係を整理し、分析対象となる通貨残高を適切に定義できることが重要です。

特に、有償電子マネーと無償ポイントが同じシステム内に存在する場合には注意が必要です。

両者を区別せずに残高を集計すると、算定した指標が何を表しているのか不明確になる可能性があります。

したがって、単に残高を取得できるだけでなく、残高の種類や取引との関係を確認できることが望まれます。

4.行政ポイントの付与・利用・失効台帳

行政ポイントや期間限定ポイントを評価する場合には、ポイントがいつ付与され、いつ利用され、どの程度失効したのかを区別する必要があります。

例えば、施策ごとの付与日、有効期限、使用日、使用額、失効額などを確認できれば、ポイント制度に対する利用者の反応を分析することができます。

一方で、同じ利用者が複数のポイントを保有する場合には、どの施策のポイントが使用されたのかを識別できるかが問題となります。

ポイントの合計使用額だけでは、個別施策の利用状況を正確に把握できない場合があるからです。

したがって、政策効果の検証を目的とする場合には、ポイントの取引記録と施策情報を対応させる仕組みが必要になります。

5.加盟店情報と施策情報

さらに、加盟店の業種、所在エリア、加盟時期、利用可能なポイント種別などの情報も重要です。

同じ決済額であっても、どの業種や地域で使用されたのかによって、政策上の意味は異なります。

例えば、地域商業の振興を目的とする場合には、特定の業種だけに利用が集中していないかを確認することが考えられます。

また、施策ごとの付与条件、予算、実施期間、広報時期などについても、別の管理台帳と連携できることが望まれます。

これらの情報を取引データと組み合わせることで、単なる利用実績の集計にとどまらず、施策の実施条件と利用状況の関係を検討しやすくなります。

6.データ取得の要件を整理する

以上を整理すると、電子地域通貨の分析に必要なのは、決済金額という一つの数値だけではないことが分かります。

取引明細、利用者の継続識別、チャージと残高、ポイント台帳、加盟店情報、施策情報を適切に関連付けることで、分析可能な範囲が広がります。

もっとも、取得できる情報が多ければよいというわけではありません。

政策目的に照らして必要な項目を明確にし、取得する理由と利用方法を整理する必要があります。

電子地域通貨の調達において重要なのは、取得可能な情報の多さではなく、政策目的に必要なデータを、適切な権限と条件のもとで継続して利用できることだと考えられます。

第6章 架空データで考える電子地域通貨の効果測定

ここまでは、電子地域通貨の政策効果を検証するために必要なデータについて整理しました。

次に、具体的な数値を用いて、どのような分析が可能になるのかを確認します。

以下の数値は、分析方法を説明するために設定した架空の事例です。特定の自治体、地域通貨、事業者の実績ではありません。

分析例1 利用額と流通速度の違い

まず、電子地域通貨の利用額と流通速度の関係を考えます。

ある自治体において、電子地域通貨の年間決済額と平均流通残高が次のように推移したとします。

指標 前年度 当年度
年間決済額 2,400万円 3,600万円
平均流通残高 1,200万円 1,200万円
取引ベース流通速度 2.0回 3.0回
EXAMPLE 01 · 年間決済額の比較
前年度
2400万円
当年度
3600万円
平均流通残高1,200万円両年度とも同じ
流通速度2.0 → 3.0回決済額 ÷ 平均流通残高
架空データ。決済の増加は、地域内再循環や追加消費を直接示しません。

ここでは、取引ベース流通速度を次のように定義します。

取引ベース流通速度 = 対象期間の決済額 ÷ 同期間の平均流通残高

この例では、平均流通残高は前年度と当年度で変化していません。一方、年間決済額は2,400万円から3,600万円へ増加しています。

その結果、取引ベース流通速度は2.0回から3.0回へ上昇しました。

ここから確認できるのは、一定の平均残高に対して発生した決済活動が増加したということです。

ただし、この結果から、同じ通貨が地域内で何度も再使用されたと判断することはできません。

例えば、住民が加盟店へ支払った地域通貨が、その後日本円で精算される場合、当該決済は地域通貨としての価値移転を示しますが、加盟店による地域通貨の再使用を示すものではありません。

また、決済額の増加が新たな消費によるものなのか、既存の決済手段からの置き換えによるものなのかも、この数値からは判断できません。

以上から、流通速度は通貨残高に対する決済活動を把握する指標として利用できますが、それだけで地域内再循環や追加的な消費を説明することは適切ではないと考えられます。

分析例2 期間限定ポイントの利用状況

次に、期間限定ポイントの利用状況を考えます。

ある自治体が1,000万円分のポイントを付与し、利用期間を90日間とした場合を想定します。

指標 架空の結果
付与総額 1,000万円
期限内利用額 920万円
未利用・失効額 80万円
期限内利用率 92%
EXAMPLE 02 · ポイントの利用と期限
期限内利用 92%
付与総額 1,000万円 / 期限内利用 920万円 / 未利用・失効 80万円
1〜30日
300万円
31〜60日
220万円
61〜83日
180万円
84〜90日
220万円
比較期間の日数が異なります。 総額だけでは「直前の利用が活発」とは断定できず、日額や残存額との比較が必要です。
すべて記事原文の架空データ。

この場合、付与されたポイントの92%が期限内に利用されたことになります。

ただし、920万円分のポイントが使用されたという事実と、920万円の追加的な消費が発生したという評価は区別しなければなりません。

例えば、もともと現金で購入する予定だった商品にポイントを使用した場合、支払手段が置き換わった可能性があります。

そこで、次に使用時期を確認します。

付与後の経過期間 使用額
1〜30日 300万円
31〜60日 220万円
61〜83日 180万円
84〜90日 220万円
合計 920万円

この架空事例では、利用期限直前の7日間に220万円のポイントが使用されています。

これは期限内利用額920万円の約23.9%に相当します。

一見すると、期限直前に利用が集中しているようにも見えます。

しかし、各期間の日数は異なります。したがって、使用額を単純に比較するだけでは、期限直前ほど利用が活発だったと断定することはできません。

例えば、日数当たりの利用額や、その時点で残存していたポイントに対する使用率を確認する必要があります。また、曜日、広報時期、利用できる店舗などの影響も考慮しなければなりません。

さらに、有効期限が存在しなかった場合と比較できなければ、期限直前の利用集中が有効期限によって生じたものなのかを確定することも困難です。

ここで第1章のゲゼルの貨幣論を振り返ります。

ゲゼルは貨幣の保有条件が交換行動に与える影響に注目しました。これを現代の電子地域通貨へ応用するならば、ポイントの有効期限や保有条件が利用時期にどのような影響を与えるのかを検証することが考えられます。

ただし、そのためにはポイント付与日、有効期限、使用日時、使用額、失効額などを区別して取得できなければなりません。

以上から、ゲゼルの貨幣論を自治体実務に活かすうえでは、減価の仕組みを導入することを先に目的とするのではなく、保有条件と利用行動の関係を検証することに意義があると考えられます。

分析例3 新たな消費は生まれたのか

次に、ポイント施策によって地域内消費が増加したのかを考えます。

ここでいう追加的な消費とは、施策が実施されなかった場合と比較して、施策によって新たに生じたと考えられる消費を意味します。

架空の実証事業として、比較可能な二つの集団を設定し、一方にポイント施策を実施したとします。

両集団について、地域内の対象消費額を施策前後で把握できた場合、次のような比較が考えられます。

対象 施策前 施策後 増加額
ポイント施策群 20,000円 24,000円 4,000円
比較群 20,000円 21,000円 1,000円
EXAMPLE 03 · 差の差法(Difference-in-Differences)
24,00022,00020,00018,000施策前施策後施策群比較群
施策群 +4,000円−比較群 +1,000円=差 3,000円
架空データ。3,000円を因果効果と解釈するには、平行トレンド等の条件が必要です。

この例では、ポイント施策群の消費額は4,000円増加しています。

一方で、施策を実施していない比較群でも1,000円増加しています。

そこで、施策群の増加額4,000円から比較群の増加額1,000円を差し引くと、3,000円という差が得られます。

これは差の差法(Difference-in-Differences)の基本的な考え方です。

ただし、この3,000円を施策の因果効果として解釈するには、比較可能性や平行トレンドなどの前提が必要になります。

また、この分析では、何を消費額として測定するのかという問題もあります。

仮に地域通貨の決済額だけを比較した場合、現金や他のキャッシュレス決済から地域通貨への置き換えを、追加的な消費として誤認する可能性があります。

したがって、ここで測定すべきなのは、地域通貨の決済額に限定されない対象消費額です。

そのためには、店舗の売上データや住民の購買調査など、電子地域通貨の取引記録とは異なる情報を組み合わせる必要があります。

以上から、地域通貨の取引データは消費行動を分析するうえで有用ですが、それだけで追加的な消費を証明することには限界があると考えられます。

分析例4 地域内で再び支出されたか

最後に、地域内再循環について考えます。

これまで確認したように、地域通貨が加盟店で使用されたとしても、その売上が地域内で再び支出されたとは限りません。

そこで、加盟店の仕入れ先や経費の支出先について調査した場合を想定します。

ある架空の事業者群において、対象経費の支出状況が次のように変化したとします。

指標 施策前 施策後
対象経費の総額 1,000万円 1,100万円
地域内への支出額 300万円 440万円
地域内支出率 30% 40%
EXAMPLE 04 · 事業者経費に占める地域内支出
施策前
30%
施策後
40%
地域内支出額300 → 440万円対象経費 1,000 → 1,100万円
地域内支出率30 → 40%10ポイント上昇
地域内支出割合の変化と、地域通貨自体の再使用は別指標です。
記事原文の架空データ。施策の因果効果を示すものではありません。

この例では、対象経費に占める地域内支出率が30%から40%へ上昇しています。

また、地域内への支出額も300万円から440万円へ増加しています。

ここから、対象となった事業者群の支出構造に変化が生じた可能性を読み取ることができます。

しかし、この変化が電子地域通貨によって生じたものかどうかは、別の問題です。

例えば、地域内に新しい供給事業者が参入した場合や、既存事業者が仕入れ先を変更した場合にも、地域内支出率は変化します。また、価格変動や別の商業振興施策が影響する可能性もあります。

さらに、ここで測定しているのは事業者の経費に占める地域内支出割合であり、地域通貨そのものの再使用率ではありません。

両者を混同すると、実際には異なる経済活動を同じ指標として評価してしまうことになります。

この点は、ブリストル・ポンドの研究で確認した問題とも関係しています。

地域内循環を評価するには、決済手段だけではなく、事業者がどこから商品やサービスを調達しているのかという取引構造を確認する必要があります。

以上から、地域内再循環を検証する場合には、地域通貨の取引データに加え、加盟店の調達先や支出先に関する情報も必要になると考えられます。

5.四つの分析例から確認できること

ここまでの分析例は、いずれも電子地域通貨の政策評価に関係しています。しかし、それぞれが測定している内容は異なります。

取引ベース流通速度は、平均残高に対する決済活動の規模を示します。ポイントの期限内利用率は、付与されたポイントがどの程度使用されたかを示します。差の差法を用いた分析は、一定の前提のもとで施策による追加的な変化を推定するものです。そして地域内支出率は、事業者の経費がどの程度地域内へ支出されたかを示します。

これらの指標を同じ「地域内循環」という言葉でまとめてしまうと、何を評価しているのか不明確になる可能性があります。

したがって、電子地域通貨の政策評価では、まず測定したい経済活動を定義し、その定義に対応するデータを取得することが重要になります。

では、こうした分析を可能にするために、自治体は調達段階で何を確認すべきなのでしょうか。

第7章 電子地域通貨サービスの選定と調達仕様書

PROCUREMENT · まず確認したい5つの要件

電子地域通貨を調達する前に確認すること

  1. 政策目的何を実現し、何を検証するのか
  2. 取得データ取引明細・残高・ポイント台帳等を取得できるか
  3. 分析可能性項目定義が明確で、自治体自身が分析できるか
  4. 継続利用過年度データの利用・移行が可能か
  5. 管理体制利用目的・権限・安全管理措置が明確か

前章までの検討から、電子地域通貨の政策効果を継続して評価するためには、導入段階から必要なデータを取得できるサービスを選定する必要があることが分かります。

その際には、デジタル庁のモデル仕様書を基本的な要件整理の共通基盤としながら、自治体独自の政策目的に応じた追加要件を検討することが考えられます。

例えば、取引明細については、単にデータ出力機能が存在するかどうかだけでなく、取引IDや加盟店IDの定義が明確であることを確認する必要があります。

また、ポイント施策の効果を検証するのであれば、付与、利用、失効の各記録を区別できることが重要です。利用者の継続利用を把握する場合には、適切な識別情報を用いて異なる時点の取引を関連付けられることも必要になります。

さらに、調達仕様書では、取得できるデータの種類に加えて、取得頻度、出力形式、取得可能期間、利用権限なども整理することが望まれます。

ここで注意したいのは、システム事業者が提供する管理画面だけに分析機能を依存する場合です。

管理画面に用意された集計項目だけを利用する仕組みでは、導入後に新たな政策課題が生じた際、必要な分析を実施できない可能性があります。

一方で、自治体が適切な権限のもとで取引単位のデータを取得できれば、Excel、Python、BIツールなどを用いて、事業目的に応じた独自分析を行うことが考えられます。

また、システム事業者を変更する場合には、過年度データをどのような形式で移行できるのかという点も問題になります。

継続的な政策評価を行うのであれば、特定の事業者が提供する管理画面だけでなく、自治体が過年度データを利用し続けられる条件についても確認する必要があります。

もっとも、データ取得の自由度を高めることには、別の課題もあります。

電子地域通貨の取引記録には、住民の購買行動や事業者の経営活動に関する情報が含まれます。

仮に氏名などを直接取得しない場合であっても、取引時刻、利用場所、利用頻度などを組み合わせることで、特定の個人が推測される可能性があります。

また、小規模な地域では、店舗や事業者に関する情報についても同様の注意が必要です。

したがって、取得できる情報をすべて収集するのではなく、分析目的に必要な項目を特定し、適切な仮名化、アクセス制御、保管期間の設定などを行う必要があります。

この点から考えると、データを取得できることと、そのデータを適切に管理できることは、いずれも調達段階で確認すべき要件といえます。

以上を踏まえると、自治体が電子地域通貨を調達する際には、少なくとも次の観点を整理することが望まれます。

  1. 政策目的:地域通貨によって何を実現し、何を検証するのか。
  2. 取得データ:取引明細、残高、ポイント台帳など、必要な情報を取得できるか。
  3. 分析可能性:データ項目の定義が明確で、自治体による独自分析が可能か。
  4. 継続利用:過年度データの取得やシステム変更時の移行に対応できるか。
  5. 管理体制:データの利用目的、利用権限、安全管理措置が明確か。

これらは、単にシステムの機能を比較するための条件ではありません。

事業を開始した後に、自治体自身がその政策効果を検証し、改善できるかどうかを判断するための条件でもあると考えられます。

第8章 効果測定から次年度の事業改善へ

最後に、電子地域通貨の分析結果をどのように政策改善へ活用するのかを考えます。

電子地域通貨の事業評価では、決済額や利用者数の増減を確認することが一般的です。しかし、これらの数値が変化したという事実だけでは、事業の目的が達成されたかどうかを十分に説明できない場合があります。

そのため、事業開始前、運用中、評価時点の三つの段階を区別して整理することが重要です。

CONCEPT · 政策評価の3段階

目的設定・記録・評価を次年度の改善につなぐ

STAGE 01事業開始前
  • 政策目的を定める
  • 評価指標を決める
  • 必要データを確認する
STAGE 02運用中
  • 取引記録を蓄積する
  • 施策情報を記録する
  • 条件変更を残す
STAGE 03評価時点
  • 利用実績を確認する
  • 政策効果を分析する
  • 費用対効果を検討する
評価結果を次年度の制度設計・予算配分へ反映改善内容を踏まえ、次の政策目的と評価指標を設定する

1.事業開始前―政策目的と評価指標を定める

まず事業開始前には、電子地域通貨を導入する目的を明確にする必要があります。

例えば、日常決済の普及を目的とする場合には、継続利用率や利用頻度などが評価指標として考えられます。

一方、期間限定ポイントによる消費喚起を目的とする場合には、ポイントの利用時期、失効率、追加的な消費への影響などを確認する必要があります。

地域内再循環を目的とする場合には、加盟店の仕入れ先や地域内支出の変化を検証することが考えられます。

このように、政策目的によって評価すべき指標は異なります。

したがって、事業を開始した後に取得できる数値から評価指標を選ぶのではなく、政策目的に基づいて必要な指標を定めることが望まれます。

2.運用中―取引記録と施策情報を蓄積する

次に運用中には、取引データを継続して取得します。

その際、取引記録だけではなく、施策の実施時期、対象者、予算、広報内容、利用条件なども併せて記録する必要があります。

例えば、ある時期にポイントの利用が増加したとしても、その背景には有効期限の接近、広報の実施、利用店舗の増加など、複数の要因が考えられます。

こうした要因を後から検討するためには、取引データと施策の実施記録を対応させておくことが重要です。

3.評価時点―利用実績と政策効果を区別する

評価時点では、取得したデータを用いて、事業目的に照らした成果を確認します。

ここで注意したいのは、利用実績と政策効果を同じものとして扱わないことです。

例えば、決済額が増加したことは利用実績として確認できます。しかし、その増加が追加的な消費によるものなのか、他の決済手段からの置き換えによるものなのかは、別の分析が必要です。

また、政策効果を評価する際には、事業に要した費用も考慮しなければなりません。

電子地域通貨の運用には、システム利用料、ポイント原資、広報費、運営人件費などの費用が発生します。

仮に決済額が増加したとしても、そのために過大な費用を要するのであれば、持続可能な事業とは限りません。

一方で、決済規模が大きくなくても、行政給付の事務効率化や特定の政策対象者への支援など、明確な成果が確認できる場合には、事業を継続する合理性があると考えられます。

したがって、電子地域通貨の評価においては、決済規模だけを唯一の判断基準とすることは適切ではありません。

以上を踏まえると、自治体が確認すべきなのは、導入したシステムがどれだけ利用されたかという点だけではないことが分かります。

何を目的として導入し、どのような変化が生じ、その変化をどこまで政策による効果として説明できるのか。

さらに、その効果が事業費用に見合うものであったのかを検討する必要があります。

こうした評価結果を次年度の制度設計や予算配分へ反映することが、自治体EBPMの実践につながると考えられます。

結論―電子地域通貨の価値は何を検証できるかでも決まる

本稿では、地域通貨が地域経済を循環させるという考え方について、貨幣理論と海外の実証研究をもとに検討しました。

まずゲゼルの貨幣論では、貨幣の保有条件が交換行動に影響するという問題意識を確認しました。

次に海外研究を比較することで、地域通貨の流通状況は制度設計だけでなく、参加者間の取引関係や地域の経済構造とも関係していることを整理しました。

キームガウアーなどの補完通貨に関する研究は、流通速度を分析する視点を示しています。ブリストル・ポンドの研究は、地域内調達という経済構造上の課題を明らかにしました。そしてSarafuの研究は、デジタル取引記録を用いることで、価値の移動をネットワークとして分析できる可能性を示しています。

もっとも、これらの研究結果をそのまま日本の電子地域通貨事業へ適用することはできません。

制度の仕組みや取引の範囲が異なれば、取得できるデータも変わります。また、地域通貨の利用が増加したことだけで、追加的な消費や地域内再循環が生じたと判断することも困難です。

したがって、海外研究を自治体実務へ応用する際には、理論をそのまま制度として導入するのではなく、そこから検証すべき仮説を導き、必要なデータを取得することが重要になります。

この点を踏まえて、本稿ではデジタル庁のモデル仕様書と電子地域通貨の調達要件について検討しました。

モデル仕様書は、自治体がサービスに必要な基本的な機能や要件を整理するための共通基盤として活用できます。一方で、個別自治体が何を政策効果として検証したいのかによって、必要なデータや分析条件は異なります。

そのため、モデル仕様書を参考にしながら、取引明細、ポイント台帳、残高情報、加盟店情報などの取得条件を整理し、政策目的に応じた追加要件を検討する必要があると考えられます。

ここで改めて、本稿の最初の問いに戻ります。

地域通貨は、本当に地域経済を循環させるのでしょうか。

少なくとも、地域通貨による決済が増加したという事実だけでは、その問いに十分に答えることはできません。

地域通貨がどの程度利用されたのか。その利用が新たな消費を生み出したのか。加盟店が受け取った売上は地域内で再び支出されたのか。そして、事業に要した費用に見合う成果が得られたのか。

これらは相互に関係していますが、同じ指標で説明できるものではありません。

以上を踏まえると、電子地域通貨の価値を評価する際には、決済機能や利用規模だけでなく、政策効果を継続的に検証できる仕組みが整っているかという視点が必要になると考えられます。

電子地域通貨事業の政策評価は、システムが稼働した後に始まるものではありません。何を検証するのかを定め、そのためにどのようなサービスを選定するのかという判断から始まっているのです。

電子地域通貨を一時的な消費喚起の手段として終わらせるのか。それとも、地域の経済活動を把握し、継続的な政策改善へ活用する基盤として位置付けるのか。

その違いは、導入時点での制度設計とデータ取得の考え方に表れるのではないでしょうか。

自治体が電子地域通貨を導入する際には、まず政策目的を明確にし、必要なデータを定義したうえで、そのデータを適切に取得できるサービスを選定する。

筆者は、この順序を重視することが、電子地域通貨を地域社会DXの基盤として育てていくための現実的な出発点になると考えます。


参考文献・参照資料

国の制度・調達資料

海外研究・経済理論

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